ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

ロード・ダンセイニ 中野 善夫訳  ウィスキー&ジョーキンズ

ロード・ダンセイニ 中野 善夫訳  ウィスキー&ジョーキンズ


 密林に潜む幻の獣、摩訶不思議な魔術、秘密の宝物、魔性の女性…しがない英国のビリヤード・クラブの名物、ウィスキーがあればいくらでも信じがたい驚異の物語を(あくまで実話として)語り出すジョーキンズの物語集。
 現代ファンタジーの源流とも言われるダンセイニ、代表作の「ペガーナの神々」や「エルフランドの王女」の香り高く目が眩むばかりに美しい幻想世界は確かに彼の真髄ではあるのですが、ファンタジーや翻訳小説にあまり馴染んでいない人にとっては戸惑うこともあるかもしれません。なので、ダンセイニを初めて読むならちょっととぼけた味のあるこのジョーキンズシリーズの方がいいのかなと思ったり。もともとダンセイニって作品世界を緻密に構成していく人というよりも神がかった魔法の語り部という印象なのですが、ジョーキンズシリーズは特にそれが前面に出ていて読んでいてとても楽しい。笑いどころもわかりやすいし。そしてこっち側よりの作品ではあるけれど、時に果てしなく遠いところまで連れて行ってくれる、あの魂持っていかれるようなトリップ感も仄見える。これでもっと世界の涯まで根こそぎ魂持って行かれたいと思われた方は河出文庫の方もおすすめ。
 人によって好きな話が色々違うみたいでおもしろいなあと思うのですが、ダンセイニらしい幻の都市の描写の美しさとオチに対する個人的共感から、「ジョーキンズ、馬を走らせる」が私は一番好きです。何かイギリス人らしさを感じてしまうコミカルな「流れよ涙」も好き。

ジッド 狭き門


ジッド 狭き門



 幼い頃から互いに運命の人と認識しあっていたジェロームと従姉妹のアリサ。しかし、ジェロームが求婚してもアリサは拒むばかりで、二人の距離はどんどん遠ざかっていく。アリサは互いが高みに進むためには一緒にいることはできないと考えていたのだった。神へといたる狭き門は、二人並んではくぐれない…
 正直このあらすじ、自分はとても読む気がそがれるんですが未読の方は一度騙されて読んでほしいと思います。できれば一気読みおすすめ。途中はいろいろつらいんだけど終盤、特にラストシーンは非の打ち所がない。自分は中盤あたりでああこれだから恋愛小説は、と放り出しかけたものの、アリサの思いの吐露がはじまるその後半から彼女の悲痛さに目が離せなくなった。そして最後、短いシーンなんだけども、その表現の無駄の無さ美しさ。言葉にしがたい思いが浮かんでは形をなくし滲んでいく。
 しかしこの作品、愛と信仰の対立の物語と表現されているものの、結局のところ問題となっていたのはジェロームへの愛そのものだけだったように思える。解説によるとアリサの信仰の苛酷さは正統派キリスト教から逸れている様でもあるし、彼女の信仰はジェロームへの愛の逃げ口に見えた。身に余る愛の強さ美しさにおびえもがく様子は、自己中心的な面もあるにせよ、どうしようもなく痛ましいと思う。

ポール・オースター 幻影の書


ポール・オースター 幻影の書


 妻子を飛行機事故で失い、絶望に陥った私を立ち直らせたのはずっと以前に映画界から姿を消した無声映画の監督兼俳優のヘクター・マンだった。彼の映画に取り憑かれ、研究本を出版した私のもとに、死んだと思われていたそのヘクター・マンの妻から手紙が届く。
 久々のポール・オースター。書く/読む、喪失/再生という初期から変わらないテーマに何だか懐かしい気持ちになる。しかし初期作品のひりひりとした青臭さや閉じた感じは薄れ、読者に対して開かれた作品になっている様に感じた。色彩感覚と映像の描写の巧みさ、物語のエンジンと構造の端正さのバランスが保たれているところにも円熟味を感じる。とはいえ、よくできた作品ではあるしおもしろかったものの、ニューヨーク三部作や「最後の物たちの国で」などに比べると個人的にはあまり引っかかるものがなかったかもしれない。単純にオースターの描く喪失感にこっちの年齢が追いついてないのが原因と思われるが。

ラヴィ・ティドハー 完璧な夏の日(上・下)




ラヴィ・ティドハー 完璧な夏の日(上・下)


 第二次世界大戦前、突如現れた不老の超能力者達。彼らは超人と呼ばれ各国の軍部等に徴収されていた。その一人、かつて英国の情報部にいたフォッグは昔の相棒により元上司のもとへ呼びだされ、「夏の日」と呼ばれた少女をめぐる世界大戦当時の隠された過去を語らされる。
 2015年の本ベスト10冊にはいれなかったけれど、2015年最も印象的だった本はこれかもしれない。感情を揺さぶられるという点で。少し引いたところから見れば、超能力者という設定は一歩間違えば途端にチープになってしまうものだし、この作品も(意図的にしろそうでないにしろ)多少チープさは残っているし、キャラ付けも全体的には薄いように思う。SFとして何か新鮮さを感じたというわけでもないし。しかし最初から最後まで絶えずそこにある、ある特定の感情は私の個人的ドツボにはまり、読了直後はため息ばかりつくわ何を見ても切なくなるわ、という状況に陥った。最後の流れはほんとひきょうだと思います。いやまいりました。
 とまあ個人的には非常に感情面に訴える作品だったんだけど、ザッピングの多い形式、神でも常人でもなさそうな何やら謎めいた傍観者の視点の語りによって引き締められているところもいいですね。 他にも色々言いたいことはあるんだけれどネタバレやらグチやらになるのでひとまずここまでにしよう…。

2015年ベスト10冊(後半)

2015年ベスト10冊後半です。読んだ順。
前半:2015年ベスト10冊(前半) - ゆうれい読書通信




6 V・S・ラマチャンドラン「脳のなかの幽霊」

 幻肢痛からはじまり、様々な奇妙な症例から探る脳の不思議について。ずーっと読みたい本リストに突っ込んではいたのですがブラインド・サイトを読んでからようやく手を付ける気になりました。読んでよかった。私はついつい身体二元論で考えがちなんですが、実際私ってどこにいるのか何なのか、当然体から切り離して考えられるわけはないのだし、そもそも私ってのは絶対支配者なわけじゃないんだよなあと。


7 レイモンド・カーヴァー「ウルトラマリン」

 今年も何回か詩集に挑戦しては敗退し、というのをやりましたがこれはなんだか馴染んだので。形式的にも散文に近いですし。ちょっと落ちてる時期に読んだので余計しみたのかもしれません。絶望の合間の、永遠のようでいてつかの間の平穏がさあっと通り過ぎていく、それだけで何か満たされるような。


8 ルーシー・M・ボストン「海のたまご」

necoyu001.hatenadiary.jp

 コーンウォールの海辺での夏休み、不思議なたまごを見つけた兄弟と海の交流。とにかく海の描写がいいので。ごくごくと読んじゃう。コーンウォール、検索するとビーチも多いみたいだし紺碧の海なんですよね。いいなあ。


9 スティーブン・ミルハウザーエドウィン・マルハウス」

 夭逝した天才少年作家の、その親友による伝記という形式の小説。ミルハウザーってこんな作品も書いてたんだと少し驚きました。美しいことは美しいんですが空恐ろしい鮮やかさで再現される子供時代。あと子供の奇っ怪な行動をよく捉えているというか覚えているなあと。彼らがまだ箍をはめようとしていない、極端に跳ねまわる心の動きと目眩く色と光が合わさり、ヴィヴィッドというよりニューロティックな色彩の世界が口を開けて待っています。


10 イアン・マクドナルドサイバラバード・デイズ」

 インドを舞台にした、人とジンとAIのSF連作短編集。最初は身近な、少年時代の憧れへの幻滅の話から始まるのですが、ぐんぐんとSFアクセルが踏み込まれ、最後には神話的壮大さを帯びてきます。雰囲気やテーマはぜんぜん違うのですがちょっとキース・ロバーツのパヴァーヌに似てるところを感じなくもないですね。ガジェットを盛り込み話を転がしていく上手さはさすが火星夜想曲の作者。

2015年ベスト10冊(前半)

 あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします。去年は随分記事数が少なくなってしまったので今年はもうちょっと頑張りたい所存です。
 さて、2015に読んだ本の中から10冊、読んだ順での紹介です。まず前半。



1 エリザベス・ボウエン「ボウエン幻想短編集」

necoyu001.hatenadiary.jp

 このごろ集中力の低下か本にのめりこむ、ということが少なくなったのですが、この本にはかなり入り込んだ気がします。幻想短編集とうたっていますが幻想以外の描写も魅力的なので幻想好きの方にもそれ以外の方にも。にじみ漏れる意識・無意識のエーテルに浸された世界は危うくも心惹かれます。


2 ジュリアン・グラック「アルゴールの城にて」

necoyu001.hatenadiary.jp

 ブルターニュの森と海と古城を舞台に、筋書きとしては三人の男女の恋愛劇が展開される話なのですが、なにせ登場人物の会話は一切描かれないし恋といってもかなり宗教的な感情のように思われます。比喩を重ねた静かだけれどもとどまることを知らない文章は作品世界を表象と予感で塗り尽くし、読んでるこちらも作品世界の中に塗り込められてしまったかのような息苦しさと陶酔を覚えるほど。礼拝堂のシーンの美しさは類を見ないです。


3 ボルヘス「永遠の歴史」

necoyu001.hatenadiary.jp

 ボルヘスってマッチョな面もあるし今まで好き!ってほどではなかったんですが、これはおもしろかったのと同時にちょっとボルヘスへの好感度が上がった本。時と永遠についての評論集のようなものですが、「原型とその反映」が共通主題で、ボルヘスの世界観というか創作への態度がすけて見えるように思います。


4 ジーン・ウルフ「ピース」

necoyu001.hatenadiary.jp

 ジーン・ウルフの書く幻想文学ケルベロスやデス博士の様な華々しさではないですが、じんわり飲み込まれていく恐怖、作品のタイプとしては個人的にはこっちの方が好みですね。終始薄明かりの中にいるような。終わり方がとても好き。


5 フラン・オブライエン「スウィム・トゥー・バーズにて」

 まだ感想書いてなかったんですがおもしろかったです。作家の主人公が書いた小説の主人公がまた作家で、彼が作品の中でつくりだした登場人物たちが自分の意志で行動をはじめて…というメタな作品。この入れ子構造の中で、アイロニーと背中合わせのユーモア、俗っぽさと時折覗く哀愁、アイルランドの神話・民話のエピソードが、酔ったようなしかし生気のあるリズムで煮詰められていく豊穣さ。

ブライアン・エヴンソン 遁走状態


ブライアン・エヴンソン 遁走状態



 小さなつまづきから自我も体も世界もぼろぼろと崩れていく恐怖と魅惑に引きずり込まれる不条理ホラー短編集。姉妹で経験した出来事を上手く姉と共有できないまますれ違い続ける妹、前妻たちに追われ続ける男、舌が意思に反する単語をしゃべるようになった大学教授…。作中人物達が崩壊しながらも世界を手さぐりで取り戻そうとするその様子は切ないと同時にこっけいでもある。はじめはなにこれ辛い、と思いながら読んでたはずが、段々慣れてくるとむしろコメディ面が目につくようになってくる。彼らの世界はすでに残酷で不可解なものでしかないんだけれど、彼ら自身にはどこか子供みたいに楽天的で人懐いところがあるせいか、突き放されそうで突き放されない不思議な引力を持つ作品。グロいのはグロいけど私でも一応読める(ただし一部は斜め読みした)範囲だし初期作品に比べると暴力の描写は大分控えめになってるんだとか。しかし一体初期はどんなんだったんだ…。
 好きな話は残酷さとユーモアがひときわ際立つ「マダー・タング」、キャラ設定が色々と秀逸な「九十に九十」、表題作の「遁走状態」。