ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

2016年ベスト10冊(後半)

(6)アンナ・カヴァン 鷲の巣


 満たされない日々を過ごし人生への絶望に陥りかけていた語り手のわたしは、過去に世話になっていた人物「管理者」が新聞に求人を出しているのを見かけ、そこに最後の希望をたくします。しかし、鷲の巣と呼ばれる管理者の謎めいた館にたどり着いたわたしを待っていたのは、管理者に会うこともできず仕事も与えられない空虚な日々でした。どこか異界めいた非現実的サンクチュアリである鷲の巣の情景や、現実と幻想の入り交じる「わたし」の認識レンズの歪みの描写の上手さはもちろん、カヴァンは作品がまるごと絶望の産物というか、絶望を一つの世界に昇華するその純度の高さに畏怖を感じます。美しいけれども美しいといっていいのかどうか。


(7)ウィリアム・サローヤン 僕の名はアラム


necoyu001.hatenadiary.jp

 アメリカの片田舎、貧しいけれどもあたたかく誇り高い一族に生まれたアラムのおかしくも美しい少年時代。いとこがどこかからつれてきた美しい白馬の話だったり、のらくらもののおじさんのお目付け役として一緒に町に出稼ぎにいったり、他愛もないお話ばかりなのですが、読んでいてとても心地良いです。子供時代の感覚を呼び覚ます、世界への絶対的な肯定と信頼。世界はまだ生まれたばかりで、何もかもが新しくて、自分の思うまま行動することになんの躊躇いもない時代。たまに読んでいると呼吸が楽になる本というのがありますがまさにそんな一冊です。


(8)アーシュラ・K・ル=グウィン 闇の左手


 ル=グウィン自体は好きなのですが、傑作と名高いこの作品はジェンダーSFということで何となく敬遠していたのをとても反省しました。傑作でした。両性具有人の住む雪と氷の惑星「冬」に宇宙連合への参加を促すため派遣された使節ゲンリー・アイは、当初世話になっていたカルハイド王国の宰相エストラーベンが王の寵愛を失ったことを契機に、隣国オルゴレインも関わる権力闘争に巻き込まれていきます。ジャンルで言うと一応SFになるのでしょうが、それ以上に友情の話であり、愛の話です。私は基本人と人はつながらない(つながるという希望やつながっていると信じる瞬間は光ではあるけれど)というスタンスですが、この物語のなかで、「愛がそれ自体架け橋なのだ」と言われるとよろめきます。優れた冒険小説でもあり、広大な氷原を二人で踏破する終盤は本当に素晴らしい。


(9)カート・ヴォネガット・ジュニア タイタンの妖女


 「時間等曲率漏斗」に飛び込んだことにより時も場所も超えて偏在する波動的存在となったウィンストン・ナイルス・ラムフォードに人生を翻弄される大富豪マラカイ・コンスタントの馬鹿馬鹿しく悲惨な受難の物語。これまた何となく敬遠してた一冊です。そもそも何故かヴォネガットを読んだことがなかったという。なんでだろう。それはさておき、これもジャンルだとSFになるのでしょうがSFとして読むのはちょっと辛い気がします。シニカルなユーモアの下で混ざり合うニヒリズムヒューマニズム、ナンセンスと感傷の間に見え隠れする哀しい美しさ。読後感はちょっと説明し難いです。


(10)平出隆詩集(現代詩文庫)


 一応2016年も詩集を幾つか読みました。日本の現代詩は正直よく分からないんですが、よく分からないなりに一瞬火花がぱっと飛び散るような瞬間があり、もっとこの瞬間に出会えれば、捉えられればと思います。中でもこの人は本当に難解だったのですが、私の知っている日本語じゃない、何か違う生き物を見ているような、そんな驚きがありました。