ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

アゴタ・クリストフ著 堀茂樹訳  悪童日記


悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

アゴタ・クリストフ著 堀茂樹訳  悪童日記


 傑作と聞きつつもなんやかやで後回しにしている作品はたくさんあるが、たいがいは実際に読むと確かに傑作でしたすみませんでしたとなるもので、この「悪童日記」もまさにそんな作品だった。これは傑作だ。今更私に言われるまでもないのだが。
 戦争による生活難から母に連れられ「大きな町」から「小さな町」のおばあちゃんの家に預けられた双子の男の子たち。働かざる者食うべからず、ということでどケチで口の悪いおばあちゃんのもとで彼らは仕事をし、その他生きるための奇妙な独自の練習を行い、下宿人や町の人達と交流する日々をノートに記す。その日記がこの作品という体裁だ。
 まず特異なのはその文体で、この日記自体が彼らの奇妙な練習の一つなのだが、彼らはそこに客観的な真実以外を書かないというルールを持ち込んだ。そのため、日記であるにもかかわらず彼らの感情・主観的意見は一切書かれない(彼らの行為や言葉からある程度のことは推し量れるのだが)。あまりにクリアなレンズでパンフォーカスに世界を見ている感覚。このレンズを通してみると、戦争という限界状態の中で起こる悲惨な出来事や生々しい欲望もある程度すんなりと飲み込めてしまう。はじめは正直この文体のおかげでちょっと助かったと思っていたけれど、これは恐ろしいことでもある。書くという行為は世界を読むという行為だということを思い出す。逆もまた。その点では、この日記は確かに生きるための練習なのかもしれない。
 しかし、じゃあ無味乾燥な文章かというと全くそんなこともなく、シニカルでブラックなユーモアがそこかしこにひそみ、簡素な描写から各キャラクターを多面的に彫り込む様は非常に鮮やか。特にアンファン・テリブルたる双子の強かな生き様は痛快ですらある。起きている出来事は悲惨なのに、読み物としてとてもおもしろい。後ろめたい位に。あっという間に読んでしまった。