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ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

エリザベス・ボウエン ボウエン幻想短篇集

エリザベス・ボウエン ボウエン幻想短篇集



 アイルランド出身の作家、ボウエンの短篇のうち幻想味の強いものを集めた短篇集。ゴーストストーリーが多い。それも(雑なくくりで申し訳ないけれど)いわゆる怪奇系ゴーストというより心理系ゴースト。ボウエンの描くゴーストは、人びとの意識・無意識の磁場のひずみから生まれ、取り憑き、人びとを惑わせる。そこにはもちろん恐怖もあるけれど、それ以上に戸惑いと哀しみが残される。ゴーストの出現は、ひずみがある一線を越えてしまったことの現れであり、何かが決定的に変わってしまったことの証であり、彼らはもう戻れない。
 このひずみの気配や不穏な予感の描写、転回の鮮やかさ、どれをとっても舌を巻く上手さだけれど、ボウエンが素晴らしいのは、技術の裏に共感のまなざしとユーモアがひそかに息づいているところ。特に戦時中の物語には。ボウエンの筆は、戦時下の人びとの本人もすでに自覚していない抑圧の苦しみを、残酷なまでに正確かつ鋭利に映し出す(この短篇集が再録している別の短篇集の序文で、これらの短篇の中にあるのは全て真実とボウエン自身が言い切っている)。しかしそこにはそれとない共感があり、ブラックだけれどほんのり哀しみをたたえたユーモアがある。甘い人ではないし、実際文章も作品も鋭く磨きこまれているけれど、そこがとても好ましいと思う。
 特に好きな話は「林檎の木」、「あの薔薇を見てよ」、「幻のコー」、「闇の中の一日」。「林檎の木」「闇の中の一日」はどちらも少女の透明なナイーブさと、その少女の変化を促すおばさま方というかお姉さま方のたくましさの対比が好き。女性描写の素晴らしさは、マンスフィールド的と評されるのもむべなるかな。「幻のコー」、尋常ならざる満月に照らされた灯火管制中のロンドンで、逃げ場のない娘が思い描く詩にうたわれる幻の都市、これも形は違えどゴースト。(恋人アーサーはコーの扉を開く合言葉ではなかった、でも響き的にもその純潔・容姿の高貴さからしても友人コーリーの方が合うのでは?と一瞬思ったけれど野暮読みかな…)「あの薔薇を見てよ」は女性の持つ場へ誘い込み捕らえる力、みたいなのが個人的琴線に触れたので。怖さという点ではこれが個人的には一番。