ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

ルイ=フェルディナン・セリーヌ著 生田耕作訳 夜の果てへの旅

夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)

夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)


ルイ=フェルディナン・セリーヌ著 生田耕作訳 夜の果てへの旅

 
 様々な物議をかもした問題作家セリーヌによる、青年医師フェルディナン・バルダミュの幻滅に満ちた遍歴を描く半自伝的小説。
 やたらと辛そうな前評判、独特かつ饒舌な文体、上下二巻本、これは確実に苦行と覚悟していたところ、案外没入して読んだ。基本のトーンは陰惨だが、ユーモアはむしろよくきいているし、時に詩的なフレーズが浮かび上がる、波のような呼吸のような文体は一度慣れると癖になる。世界への呪詛と評される作品であり、確かに一言で表そうとすればそうなるのだけれども、実際のところ呪詛という程には攻撃性も残酷さも(二人の)フェルディナンには感じない。人生の不毛さ、人間の醜悪さというテーマであればもっと一撃必殺でぐっさり刺しにくる作品は他にもあるが、この夜の果てへの旅の最後に待っていたのは泥のような疲弊感とそれでも否応なしにやってくる次の朝を受け入れるしかない奇妙に明るい諦観だった。
 主人公バルダミュは基本的に傍観者であり、何か目指すところがあるでもなく腐敗と破滅からの逃亡を繰り返すうちに、最後に悪友ロバンソンの死によってついに沈黙に至りつく。バルダミュと対照的に良くも悪くも(大概悪い方な気がするが)行動的なロバンソン、彼らは腐れ縁というには運命的すぎる表裏一体の存在であり、ロバンソンの死は同時にバルダミュの語りの息の根を止める。これまで長々と彼の饒舌すぎる語りを追ってきた読者にとって、最後の「もう何も言うことはない」の一文は劇的だ。物語の最後としてある意味これ以上ストレートな終わり方はないのだけれど。しかしこのふっつり途切れるような終わり方は、最後に旅の続きが自分に引き継がれたような感覚を残す。それが読了後に感じる謎の明るさの一因のように思う。