ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

中上 健次著 枯木灘

枯木灘 (河出文庫)

 

 

中上 健次著    枯木灘

 

  和歌山の枯木灘と呼ばれる土地を舞台に、複雑な地縁と血縁の関係に縛られた青年秋幸をめぐる半自伝的小説。秋幸サーガ三部作の二作目ということなので、本当は一作目の岬から読んだ方がいいのだろうけど、枯木灘単体で読んでも完結はしている。

  読む前はもっとラテアメ的な生の豊穣と混沌の世界を勝手に想像していたが、随分印象が違う。血と暴力、生と死、土着性、ポリフォニー、といった構成要素はよく似ているのだが。海と山に閉ざされた枯木灘はその名前のとおり不毛な場所であり、死と新たな生とどちらも描かれてはいるものの、それはあくまで反復に過ぎない。発展し多様にひらかれていく生の可能性、豊穣さとはまた別のものだ。内容の濃密度にも関わらず全体に空虚さが漂っていて、なんだか不気味なものを読んでしまったという感触があるのはここら辺が原因のような気がする。クライマックスを過ぎ秋幸が姿を消しても物語は急激には瓦解せず、秋幸のいた位置に徹が移行し、秋幸の噂ばかりがエコーのように響く終盤は薄気味悪いものがあった。個が消えても関係の網目は回復され、土地の生活は依然として続いていく。空虚といえば、枯木灘は個人的にあまり色彩を感じない作品だったが(色というより透明感、光の陰影の印象)、白は妙に印象的だった。ユキの白粉、紀子の白い体、美恵の白い顔、白痴の子、夏芙蓉の花。

  それともうひとつ印象的だったのは文体。内容に反して静かな、どことなく清潔さを感じる文章だが、〜た、で終わる短文がとても多い。おかげで一文ごとに息が切れるような感じを受けるのだけど、そのリズムは秋幸の息苦しさ、切迫感そのものだ。読みやすさ、滑らかさという点では決して名文ではないけれども、忘れがたい文体だった。