ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

稲生 平太郎  アムネジア


稲生 平太郎  アムネジア



 1つの死亡記事に興味を持ったことから謎の巨大闇金融永久機関、かみのけ座、いつかのお茶会のチョコレート・ケーキ、殺人諸々が織りなす甘く残酷な非日常に絡め取られていく僕。読み進めるうちに自分の足元もぐらついていくような感覚は前作「アクアリウムの夜」以上で、本当に見事。記号が示すもの、名前が示すものが二重写しになりぼやけて崩壊していく世界、主人公が加速度的に記憶を失い登場人物の持つ物語や自分の記憶の中の物語に侵食されていく様は、こわいと同時に魅惑を覚える。まるで主人公自身が一冊の本に飲み込まれていくような。細部のディテールもぞくっとするような手触りがあって大変こわい。
 主人公の記憶の連続性が信頼出来ない上、この作品自体も物語として成立する・しないの境界線上にあり、パズルのピースから物語をつなげていこうと思えばできるだろうものの、その正当性は保証されない。「本当の物語は失われてしまった。あるいは最初から存在しなかった。」のだから。なので白黒はっきりつけたい人には大変おすすめできない作品にはなるのだけど、私はとても魅入られた。