ゆうれい読書通信

幻想文学、ミステリ、SFなど

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 ある日突然地球全体を包囲した何千個もの「ホタル」と呼ばれる探査機の親元を探るために派遣された調査船テーセウス。彼らはオールトの雲付近で巨大な構造物ロールシャッハに遭遇し、接触を試みる。ロールシャッハ内部で捕獲した謎の生命体を調べていくうち、彼らはその生態と「ホタル」の真相に慄然とする…。
 ハードなファーストコンタクトSF。あらすじだけだといわゆるSFらしいわくわく感があるけれど、実際はかなり閉じた、足元を掘り下げていく感じの作品。テーマは「意識」の価値、太陽系の僻地まで赴いても自分の頭のなかを覗きこまずにはいられないんだからほんと人間とは難儀なものです。こういうテーマ大好き。
 この「意識」の問題に真っ向からぶち当たってしまった調査船テーセウス、司令官は現在に蘇った吸血鬼、乗組員は四重人格言語学者、感覚器官を機械化した生物学者、攻撃を好まない軍人、そして幼少時に脳の半球を切除し元親友に「人間もどき」と呼ばれる語り手シリ・キートン。彼は共感能力に欠けるが人の表面に現れる徴から思考を読むことに長け、乗組員達の情報を統合し地球に報告する職務を担っている。…なんか登場人物達の設定をこうやって紹介すると色物感が一気に増した気もするけど、ハードSFの雰囲気を損なってはいないし、テーマがわかれば納得のキャラ設定ではある。様々な「意識」のあり方を踏まえた上で、「意識」の価値を問うわけだから。物語自体は割りと低空飛行だけれど、テーマへのアプローチはスリルに富んでいて、ああこれはSFの醍醐味だなぁと。
 巻末の参考文献目録を見ると、かなりの数の論文を踏まえた上で書かれた作品のようですね。その分、論文を小説化したようなごつごつとした印象もあり、これ小説でやる意味あるのかな?と途中思わんでもなかったのだけれど、最後まで読んでやっと、むしろ一人称小説じゃなければ意味がないってことに気付かされた。これは人類共通の問題であると同時にどこまでも「私」の問題だから。以下はネタバレ注意です。




 
 最後の状況からすると、この物語はシリが自分自身に語っている物語であるらしい。とすると、最後にシリが「あんたは、自分がシリ・キートンだと想像してみてくれ」と語るところは、シリ自身への呼びかけでもある。自分が自分であると想像することは、抜け出せない意識の再帰性の渦をまわす最初の一歩であり、シリは確実に意識に囚われはじめているし、自分でその渦を加速させている。それは祝福でもあり呪いでもあるが。
 そして同時に、これは意識を持ち始めたシリがアイデンティティを再構築するためのツールとしての物語でもある。物語は旅に出る前の自分と旅を終えた後の自分を糸でつなぎ、前後でいくら変容があろうが自己同一性を保証してくれる。シリが一人称で物語るということ自体が、シリのアイデンティティを拾い集めるために必要な行為なんだと思うと、ところどころ欠点があろうが好きにならずにはいられない。